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「三国志」名場面集
Last update on 04/4/12




第十回「寧我負人」


【曹操】と【陳宮】は過酷な逃避行の途上、《成皋》にある【呂伯奢】の家を目指した。
【呂伯奢】は、【曹操】の父と義兄弟の契りを結んだ若い頃からの親友で、【曹操】も幼い頃から叔父・甥の付き合いをしていた。

【曹操】「叔父上、ご無沙汰しております。わけあって、今夜…」
【呂伯奢】「ふぉ〜！こんな夜更けに誰かと思えば、よいよい、聞いておるぞ。都でエライことしでかしたそうではないか。父上も難を避けて《陳留》に移ったそうじゃ。」
【曹操】「こちらは《中牟》の県令、陳宮殿です。捕らえた私を逃がしてくださり、今は志をともにしております。」
【呂伯奢】「おぉおぉ、そうであったか。陳県令殿、私からもお礼申し上げますぞ。この男は幼い頃から無茶ばかりしおってもぅ…陳県令どものこやつの無茶に巻き込まれたクチですな？ホッホッホ。」
【陳宮】「もう県令の職にはありませぬが、曹操殿とともにお国のためにこの身をなげうつ所存です。」
【呂伯奢】「まずは中でお休みくだされ。わしも老いたりとはいえ、この辺りではちょっとした顔での。うちに居るなら数日やそこらは安全じゃて。」
夜を徹しての騎乗でヘトヘトの２人は、やっと一息つくことができた。一方、【呂伯奢】は酒が切れているとのことで、隣村に買出しに行くと言い残し屋敷を出た。

しばらくして、客間でくつろぐ２人の耳に、屋敷の使用人たちの声がもれ聞こえてきた。「…ふん縛って…」「…さきにヤっちまわねぇと…」耳を凝らすと、刀を研ぐような音まで聞こえてくる。
【曹操】「陳宮殿、これはもしや…マズいかもしれぬ。叔父といっても血のつながりの無い他人。呂老が出かけたままなのも気になる。」
【陳宮】「まさか…、いや、確か破格の賞金首、曹操殿が信を置けぬというなら私は何もいえぬ。」
【曹操】「百歩譲って、呂老にその気はなくとも、息子たちや使用人が企んでということもありえる。迷っている暇は無い。御免！」
言うが早いか、【曹操】は剣を抜き、声のする厨房へと駆け込んだ。後を追う【陳宮】は剣を切りつける音と、何人もの断末魔の悲鳴を聞いた。
【陳宮】「こ、これはっ！！」
【曹操】「むぅ。そこのイノシシをさばくのに包丁を研いでいただけであった。」
【陳宮】「おお！我々はなんという過ちをしてしまったのか！」
【曹操】「後悔している暇は無い。呂老が戻る前にここを出よう。」
【イノシシ】「VROWWWRGGG!」


切り捨てた屋敷の人々のなきがらに断腸の思いで短い黙祷を済ませた２人は、急いで荷物をまとめて、馬に飛び乗り屋敷を後にした。
（【曹操】「イノシシちょっと食べたかったな…」）
折悪く、２人の向かう先から隣村からの帰路にあった【呂伯奢】が酒や果物を馬にしこたま積んでやってくる。

【呂伯奢】「お〜い。二人とも戻りなされ〜。今出歩くとかえって危険じゃて。追われる身で迷惑かけるなんて水臭いことは無しですぞ。」

【陳宮】「曹操殿、まずいですな。このまま一気に駆け抜けてやり過ごしましょう。」
【曹操】「むぅ。かくなる上は…」
【陳宮】「そ、曹操殿っ！？」
【呂伯奢】「ほ〜れ、このとおり。いい酒も手に入りましたぞ。イノシシをつぶしてもてなすよう家の者に用意させてるとこじゃ。ほれ早ぅ戻りなされ。」
【曹操】「叔父上！後ろに！後ろから何か！」
【呂伯奢】「ん？後ろに？わしはシムラか。」

【曹操】は振り向いて背を向けた【呂伯奢】を渾身の力で切り伏せた。哀れ好々爺は悲鳴を上げるまもなく地面に斃れた。

【陳宮】「曹操殿！なんということを！屋敷での誤解は疑心暗鬼の状況ゆえ何も言いますまい。しかし、呂老には結局何も疑うところは無いではないか！こんな…我々に親切にしてくれようとしている呂老にこんなだまし討ちまでして…」
【曹操】「このまま呂老が屋敷に戻ってあの様を見れば…我々に裏切られたことを知ってどうなるかくらいは貴殿にも想像できよう。」
【陳宮】「恩人にこんなことまでして…」
【曹操】「陳宮殿。我々は命を賭けて、国を救う覚悟をしたのではなかったか？貴殿の覚悟はそんな程度のものだったのか？」
【陳宮】「……」
【曹操】「我々の志は我々が生き延びてこそ果たされるもの。そのためなら、どんなに手を汚そうと、どんな犠牲を払おうと後悔しない。貴殿に命を拾われたとき、私はそういう覚悟をした。」
【呂伯奢】の血に染まった酒瓶や果物を呆然と見つめる【陳宮】。そんな【陳宮】にはかまうことなく、【曹操】は天と、そして自分とに言い聞かせるように叫んだ。
【曹操】「たとえ、どれだけ人を裏切ることになろうとも私は絶対に生き延びる！生き延びてこの国『漢』を立ち直らせてやる！私の行く手を阻み私を裏切るあらゆるものは、何であろうとも許さない！」

−−−『寧我負人，毋人負我』−−−
２人はその後ほとんど口を利くことなく、【曹操】の父【曹嵩】の隠棲する《陳留》に向かった。
自らの運命を託した【曹操】に垣間見た残忍さにとまどう【陳宮】であったが、今更退くこともならず道中を悶々と悩みながら付き従っていった。

[第十一回「群雄集結」へ続く]

●今日の楽屋●
スペシャルゲスト、チューイー！（イノシシ役）
呂伯奢屋敷カキワリ。この門は実のところ何ヶ月も前から作ってあって、ただし危なっかしい組みかたのせいでだいたい２週間おきにに倒壊→再建を繰り返しておりました。やっとお役御免。




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